脳科学者・茂木健一郎さんが語る、睡眠と脳の深~い関係
テレビや雑誌などのメディアに加え、講演会など、さまざまな分野で活躍し、毎日忙しい日々を送っている、脳科学者茂木健一郎さん。常に高いパフォーマンスを維持するために、体調管理に細心の注意を払っており、特に毎日リラックスして眠ることが重要だといいます。
そんな茂木さんに、体に負担がかからない快適な寝具を生み出しているテンピュール®のマットレスを体験していただきました。
眠るときは、胎児の無重力に近い状態が理想
——茂木さんは、毎日お忙しいと思いますが、睡眠はしっかり取られていますか?
はい、僕はすごく忙しいので、寝る時間がご褒美みたいなところがあります。今日もいっぱい頑張った、さぁ寝るぞ、って。ベッドに横たわるというのは、触覚はもちろんですけど、内臓感覚、深部感覚からのフィードバックというのも重要で、それが安らかな眠りにつながります。
身体感覚を司(つかさど)っているのは脳の頭頂葉(とうちょうよう)なんですが、"ボディーイメージ"と言って、今自分の体がどういう体勢にあるかがインプットされている。身体感覚が頭頂葉で表現されて、それが眠りのベースラインを作るんです。脳の中に寝具があると言ってもいいかもしれない。
——脳と眠りが深く関係しているんですね。
例えば、美しく整えられたベッドを見ると「これでひと晩ゆっくり寝られるな」という情報が視覚から入りますよね。眠っている時には、寝ちゃっているから視覚からは情報は入ってこないですけど、ある刺激の前に別の刺激を与えることで、その後に来る刺激の情報処理が脳の中でより深く進む。これを「プライミング効果」って言うんです。
美しく盛り付けられた料理を見ると、食べるときの味わいが増すのと同じこと。そういう意味では、マットレスやピローも大切で、五感で感じるものなのかなと思います。
——なるほど。質のいい睡眠と寝具は、切っても切り離せない関係にあるように思います。
人間の体って、理想はやっぱり胎内にいるとき、お母さんのおなかの中にいるときの無重力に近い状態なんですよね。その状態をいかに作るかが、睡眠科学の永遠の課題。
今回体験したテンピュール®のマットレスは、メモリーフォームという素材が点じゃなくて面で体重を支えてくれるから、無重力のように感じられました。これは脳にとってはすごく大きな喜びだと思います。
また、視覚と聴覚から宇宙のような世界に入り込めるテンピュール®のVR(ヴァーチャル・リアリティー)は、胎児の無重力に近い状態を追体験できてよかったです。
でもやっぱりVRは補助的なもので、最終的にはテンピュール®のマットレスで寝ている時の心地の良さが実感できる時間だったかなと思います。
脳の健康のバロメーターは、よく眠れること
——睡眠を楽しんでいる人がいる一方で、不眠に悩んでいる方も多いと聞きます。
睡眠って、「これがあると寝られる」というより「こういう原因があるから寝られない」ということが多いんですよね。足し算というより引き算なんです。体のどこかが痛かったり、心のバランスが崩れたりしてしまうと、眠りにくくなる。よく眠れることが、脳の健康のバロメーターであることは間違いないんです。
睡眠は毎日やっている健康診断みたいなもの。「よく眠れたってことは、私はいま心のバランスが取れているんだな」と、そういう捉え方もできると思います。
特に今の時代は、ベッドの上の時間というのは、クオリティータイムというか重要な時間ですよね。睡眠だけじゃなくて。ベッド自体がリラックス空間という意味を持っているし、過ごす時間も増えているんじゃないですか。僕は、ベッドに寝っ転がって、スマホで情報収集したり、Netflixを見たり。昔はそういう状態を「カウチポテト」って言ったけど、今なら「ベッドスマホ」って言ってもいいのかもしれない。
——ソファでポテトチップスを食べながらゆっくりするように、ベッドでスマホを見ながらリラックされているんですね。寝る前の習慣はありますか?
僕はスマホで落語を聞くことが多いですね。最近よく聞くのは三遊亭圓歌の「中沢家の人々」っていう噺(はなし)。もう何度も何度も聞いていますが、それを流しているとスムーズに寝られますね。あと、お気に入りのイギリスのコメディーもヘビーローテーションしています。
寝るための習慣というのは個人の特性が強いので、寝る前にこれをするとリラックスできる、という習慣を自分で見つけられるといいと思います。新しい情報を入れると脳が活性化して寝られなくなっちゃうので、同じことを繰り返すほうがおすすめですね。
——そもそも、なぜ快適な眠りが大切か、という点について、脳科学の立場から教えていただけますか?
はい。2つポイントがあると思うのですが、睡眠の1つ目の目的は脳が十分に休息することで、記憶が定着したり、感情のストレスなどが解消されたりするということです。寝ている時間は、脳は極めてアクティブで、昼間と違った活動をしています。
脳がどんな活動をしているのか、寝ている脳に聞くわけにいかないので、その唯一の手掛かりというのが夢なんです。夢に出てくる事象は、大体過去1週間ぐらいに経験した事象が混ざったものだと言われています。記憶を整理して、お互いを関連づけて情報処理をしている。どうやらそういうことを脳の回路としてやっているらしい、と。だから睡眠不足だと、記憶や経験が未整理のまま蓄積してしまうようなイメージですかね。
前の日に体験した記憶の整理をしておかないと、それが定着しないし、次の日の経験もうまく活(い)かせない。
——2つ目のポイントとは。
1つ目と関連するんですが、翌日の朝の活動という面からも大事だと思っています。例えば僕は、朝起きてから2時間ぐらいが1日の中でいちばん生産的な時間で、ものすごいスピードでいろんな仕事をしています。睡眠中に脳が記憶の整理をしてくれているから、新しい情報も入りやすいし、クリエーティブなことがはかどる時間なんです。いわゆる、脳のゴールデンタイムと言ってもいいくらい。この2時間のスタートダッシュを決めるためには、前の晩によく寝ることが重要なんです。
僕は朝活の本も出したことがあるんですが、その時に多くの方から「私、朝はなかなか調子が出ない」「そんなにスッキリ目覚められないです」と言われました。それはやっぱり、前の晩に睡眠がちゃんと取れていないことが原因なんですよね。
安心して眠れる環境を保つことで、幸福度が高まる
——睡眠の質が、日中の活動の質を左右しているということですが、両方の質を保つために大事なことは何ですか?
リラックスできるということがすごく大事で、心理学の専門用語だとセキュアベース、「安全基地」と言われます。自分が自分らしさを発揮できる、安心安全のインフラみたいなものがあると、脳はいろんなことにチャレンジできるし、よく眠れるんです。実は、いろんなことにチャレンジするための条件とよく眠れるための条件は、共通なんですよね。チャレンジと眠りは、同じコインの表と裏みたいなもの。よくチャレンジする人ほど、よく寝ていると思いますよ。
——母親の就寝時間が遅いと、子どもの学力に影響する、というデータがあるそうです。
さっき説明した安全基地というのは、親と子の関係も投影されるんですよね。母親と子どもが安心・安全な家庭環境を共有していると、子どもは安全基地を得られる。発達心理学を考える上では最も重要な「愛着(アタッチメント)」という概念があります。
お母さんやお父さん、いろんな人から大事にされているという愛着が得られないと、学びもできないし、非行に走ってしまうことがイギリスの研究でわかっているんです。これが学力向上を含めて、いろんなチャレンジができることにつながるのだと思います。
学力の高い子どもは、安全基地がある子。家族ぐるみで良い睡眠を取ることの大切さを共有している、ということが結果的に、安全基地につながっていくのではないでしょうか。
——家族みんながハッピーに暮らすという意味でも、家庭の睡眠環境が大事だということですね。
幸福度についても注目されて、研究もされていますが、質のいい睡眠が幸福度を高めると言っても過言ではありません。意外と人間の脳って、よく寝られるとかおいしいものを食べてるとか、人と人との絆があるとか、そういうことで幸福度、生活の満足度が上がるんですよね。動物と同じ。
今までの日本は、家庭内のことは最後まで後回しだった。例えば食洗機とかね。僕が1978年にカナダにホームステイした時にはすでにありましたよ。でも日本で広まったのはずっと後で、"主婦が皿を洗うものだ"というおかしな風潮がなかなか消えなかった。家庭内の環境に対する投資が、後回しにされてきましたよね。そういう時代から今、生活重視の方向に流れが変わってきています。
睡眠にも投資する時代が来ている。"経済から幸福へ"っていうのは、そういうことでもあるんだと思いますね。
(文・高橋有紀 写真・中田健司)
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茂木 健一郎(もぎ・けんいちろう)
脳科学者、理学博士。1962年東京都生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。著書に『5歳までにやっておきたい 英語が得意な脳の育て方』(日本実業出版社)など多数。
twitter:@kenichiromogi
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制作:朝日新聞デジタル &編集部